【イチオシ記事】ニートからの脱出を目指すおまいらの為に人生の極意をおしえてやろう

『藤尾勘太郎』という男と彼のひとり芝居について

生きていると時に人との「縁」や「巡り合わせ」を感じることがある。

もちろん頻繁にあることではないし、コントロールもできない(否定はしないまでもスピリチュアルをあてにしないタイプです)。

 

なぜ約束もしていないのにこんな場所で会ってしまうのか?

どうして人のメンタルを読み切ったようなタイミングで連絡してくるのか?

なぜこうも関係が続いてしまうのか?

 

あなたの人生にもきっと一人くらいは思い浮かぶことと思う。

私にとってその一人は「藤尾勘太郎」。彼である。

藤尾勘太郎との出会い

藤尾勘太郎

藤尾勘太郎(http://sakanatokirin.wixsite.com/triangle)と出会ったのはもう25年も前のことになる。

あ、ちなみに藤尾勘太郎は本名ではない。芸名だ。

彼は「役者」なのだ。

 

東京の西の外れ、青梅で育った私たちは同じ保育園で同級生として出会った。

人生の段階が移り変わるに連れて友人も変わっていく私にとって、数少ない古くからの友人だ。

当時はスマホなど概念レベルで存在していなかったので、当時の写真などは残念ながらない。

藤尾勘太郎という男

藤尾勘太郎

小学校・中学校と同じだったのでしばらく関係は続いた。

その頃はまだ彼も藤尾勘太郎ではなかったが、子供ながらに何となく不思議な存在感をもっている人だなと感じていた。

彼の親が芸術家だったというのも関係しているのかもしれない。

思い出として強く残っているのは漫画を書いていたなということである。彼は絵が上手かった(いまも役者と並行してデザインの仕事をしている)。

「風来のシレン」というゲームをご存知だろうか?

やったことがないとピンと来ないと思うが、簡単に説明すると落ちているアイテムを拾いながら工夫して冒険を進めるゲームで、私たちが子供のころ流行った。

あれは何時間でもやっていられる。冒険するダンジョン、武器、敵が毎回ランダムに変わるから飽きがなく、絶妙なバランスで理不尽さがあるからつい何度もやってしまう。それほど無駄な時間を費やしたものか。。あの廃人製造ゲー・・・

閑話休題。

とにかくそれを元にした漫画を書いていて、それが面白かったのをよく覚えている。

その後高校は別だったのでちょっと疎遠になり、お互い受験などで忙しくあまり会わなくなる。

時間が過ぎて大学入学直前。お互いに一浪したものの受験を突破して入学式を控えた2006年の3月。

本当に偶然なのだが地元の図書館で出会った。

そして彼はこう言った。

「大学ではお芝居をやるから見に来ない?」

藤尾勘太郎と演劇

藤尾勘太郎

・・・とそこで連絡先を交換してつながりもできたので、お互いに「あいつ何してんだろ」フォルダに仕分けられることが避けられた。

彼は早稲田大学に進学して演劇研究会に入って、精力的に役者活動を開始した。

新しい公演があると案内してくれるので、いまでも年に3回くらいのペースでお芝居を見に行っている。

その影響で東京には無数の小劇場があることを知った。有名なところだと下北沢、高円寺、王子など。

そこにちょこちょこ足を運ぶようになった。

初めて見た舞台はかなり前のことなのでおぼろげにしか記憶にないが、たしか演劇研究会の新人公演とかだった。

リアルなお芝居など初めて見たので、そのエネルギーの凄まじさに頭が熱に浮くような感動を感じたのを覚えている。

実は彼は高校時代からお芝居を始めたようなので、そこから数えるとキャリアは15年。

ひたむきに打ち込んできたためか、最近は舞台に立っている姿に風格を感じるようになった。

藤尾勘太郎

役者は食えない仕事の代名詞のように言われる。

役者はこのIT時代に心と身体だけで表現を続ける。

役者はスマートさや効率が重視される現代に、形や意味のないものを求める。

時代を経てなお役者が人の心を惹くのは、そこになにか人間の根源的な欲求やあり方が潜んでいるのだと思う。

藤尾勘太郎が行ったひとり芝居

藤尾勘太郎

いつからか藤尾勘太郎と呼ばれるようになった彼が、今年「ひとり芝居」を行うと言い出した。

かれこれ10年、もう30本くらいは藤尾勘太郎のお芝居を見てきたが、ひとり芝居は初である。

たった一人で舞台に立ち、お客さんの前で100分演じきるのだ。誰かとの絡みもなく。

なかなかに無茶だなと思った。

私は小学生の頃の学芸会くらいでしか演劇の経験などないので想像するしかないが、おそらくボウリングの玉でテニスをする以上には難しいだろう。

という心情を反映したのか公演のタイトルは「無茶祭」。

2018年8月18日~19日の2日間、5ステージのみの公演なのでもう終わってしまったが、歴史上実在した6人の男の人生をミュージカル形式で演じた。

一回のステージでは6人のなかから3人が選ばれるので、私が見たのは以下の3人。

”ない”ものを”ある”ことにする。その迫力に圧倒された。

1、アルトゥーロ・トスカニーニ

藤尾勘太郎

イタリア出身の高名な指揮者。

天才的な才能があったものの、音楽に一切妥協をしない姿勢と気難しさから音楽家たちから恐れられていた。

アルトゥーロ・トスカニーニの栄光と没落を、彼を支えると同時に破滅させた一人の男の視点から描く。

2、藤田嗣治

藤尾勘太郎

藤田嗣治の名前は美術に関心が高い人なら聞いたことがあると思う。

日本で生まれながらパリに渡り、独自の乳白色の絵の具を用いた裸婦像の絵などで名声をあげたことからパリの寵児などと賞された。

その後戦争画を描いたことなどで日本の画壇を追放されるなどの扱いを受けるもののいまなお人気は高く、没後50年となる2018年は盛んに展示も行われている。

3、黒田清隆

藤尾勘太郎

黒田清隆と聞いてすぐに「あの人だ!」とイメージがつく人は少ないとだろう。

しかし黒田清隆は伊藤博文に次ぐ、第2代内閣総理大臣なのである。

酒癖の悪さや気性の荒さからスキャンダルも多かった彼だが、薩摩に生まれて西郷隆盛らを慕い、幕末から明治に移り変わっていく日本を愚直に支えた。

その生涯の記録。

藤尾勘太郎との関係

彼との思い出を紐解きつつ、藤尾勘太郎という男について書いてみた。

ここまで書いてきたものの、演劇の魅力や本人の人間性は言葉だけではぜんぜん伝えられる気がしない。

この辺りに言葉の無力さを感じたりする。

どことなく不思議な縁で結ばれている気がする彼との関係は、今後どうなっていくのだろうか?

もちろんわからないが何か面白い展開が待ち構えていそうな気がするので、期待していきたい。

定期的に舞台に立ち続けるとも思われるので、興味がわいたらぜひお芝居を見にいってほしい。

 

次回の企画・公演↓

フジオモラル破局公演
「アンチカンポー・オペレーション」
2018年10月17日(水)〜21日(日)
@花まる学習会王子小劇場
https://fujiomoral.wixsite.com/last-match

 

きっと演劇の素晴らしさにはまるだろう。

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